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和久里 壬生狂言(小浜市)


「壬生狂言」というと京都「壬生寺」で、「大念仏会」の昼の勤行として円覚上人が始められ、700年の歴史を持つ延命地蔵菩薩に奉納される「無言仮面劇」が有名ですが、若狭小浜にも同名の地方芸能が存在しています。

この狂言は和久里の西方寺境内に建つ「市の塔」の7年供養会に、境内にある「宝筐印塔」(通称 市の塔)の七年祭(十二支の子と午の年)に奉納されることになります!

この供養会は数え年の7年目(十二支の子と午の年)の4月と定められています!

和久里壬生狂言は、福井県小浜市和久里地区で、6年目毎(6年に1度)の4月中旬に、同地区の西方寺(せいほうじ)境内に舞台を仮設し、鰐口(わにぐち)と笛の伴奏にのせ、仮面を付けた演技者が、滑稽な内容の芝居を無言で演じるる奉納狂言です!!

無言仮面の狂言は人の道を逆説的にコミカルに伝えます!!

無音なのに、笛の音に合わせた、ゆっくりとしたリズムの狂言演舞に、なぜだか、見入ってしまう不思議な狂言なんです!!

私は、この壬生狂言の作成現場を生で見たことがありますが、舞台の作成から構成まですべて和久里の方々で準備されています!

これがなかなか時間と労力をかけた、本当に民俗芸能文化を守ろうとする地域の方々の力の結集があってのものだと本当に素晴らしいと思いました!!

この壬生狂言は、京都の他、若狭小浜にのみ伝わるものです!!

和久里の壬生狂言を保存する重要な意味合いは、本家壬生寺での演目で、すでに消滅した曲目も若狭には残されており、素朴で荒々しさの残る元来の”古いカオ”を持つ和久里の狂言が、重要な民俗芸能として見直されているというのもあります!!

伝藩ルートは不明ながら、舞台となる和久里の西方寺は、南北朝から室町時代、南朝代官の長井雅楽介が戦いに敗れ出家、創建したもので供養塔として「市の塔」が建てられたといいます!

京都と小浜は通称“鯖街道”(若狭街道)を通じて政治・経済・文化・庶民生活とも密接な交流があり、そのルートから伝わったのではないかといわれているのが現状の推定です!

若狭においては、西方寺境内にある「宝筐印塔」(通称 市の塔)の七年祭(十二支の子と午の年)に奉納されます。やはり着面無言劇で、和久里では9曲が伝えられ全ての人の道や仏法を説き信仰を勧めるものを基本としていますが逆説法のものもあり、面白おかしく娯楽性豊かに演じられます。

文化庁の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」にも2003年2月20日に登録された民俗芸能の一つとなっています!

★次回の奉納は、2020年年4月中旬予定!!

場所

・福井県小浜市和久里 西方寺境内

周辺の遊び場

■ 小浜市内の観光・見所

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