若狭お水送り2019(3月2日)
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若狭お水送り2019(3月2日)

・早春の若狭路に悠久のロマンを訪ねて

・水清き国・若狭小浜から奈良東大寺 二月堂若狭井へ

開催日

・2019年3月2日(毎年3月2日

開催場所

・鵜の瀬

・若狭神宮寺

お水送り周辺ガイド

お水送りとお水取り

西暦710年、奈良に平城京が造られ、聖武天皇ご在位の752年春に、東大寺において国家を挙げての盛大な大仏開眼供養が行われました。

若狭ゆかりの「良ろうべん弁僧正」が、東大寺の初代別当(開祖)と言われています。

若狭神宮寺に渡ってきたインド僧「実忠(じっちゅう)」は、その後東大寺に二月堂を建立し、大仏開眼の二ヶ月前から(旧暦二月)天下世界の安穏を願い、14日間の「祈りの行法」を始められました。

「修二会(しゅにえ)」と呼ばれるこの行 の初日に、実忠和尚は「神名(じんめい)帳」を読み上げられ、日本国中の神々を招かれ行の加護と成就を請われたのですが、若狭の「遠敷(おにゅう)明神」だけが漁に夢中になって遅れ、3月12日、修二会(しゅにえ)もあと2日で終わるという日の夜 中に現れました。

遠敷(おにゅう)明神は法会に大いに感じ、二月堂のご本尊にお供えする「閼伽水(あかすい)」(御香水)を献じられる約束をされ神通力を発揮されると地面をうがちわり、白と黒の二羽の鵜うが飛び出て穴から清水が湧き出しました。

若狭の根ねごり来白石の川淵より地下を潜って水を導かせたと伝えられます。

この湧水の場所は「若狭井」と名付けられ、川淵は「鵜の瀬」と呼ばれるようになり、古来より若狭と奈良は地下で結ばれていると信じられてきました。

その若狭井から「閼伽水(あかすい)」を汲み上げ本尊にお供えする儀式が、大和路に春を告げる神事「東大寺二月堂のお水取り」でありその神約を護り伝える行事が若狭小浜の「お水送り」なのです。

お水送りとは

「お水送り」は動と静、火と水の華やぎの神事だ。

夕闇が迫る神宮寺の回廊から、赤装束の僧が大松明を振り回す達陀(だったん)の行に始まり、境内の大護摩(おおごま)に火が焚かれると炎の祭典は最高潮に達する。

やがて、大護摩(おおごま)から松明にもらい受けた火を手に、二キロ余り上流の鵜の瀬へ向かう

ホラ貝の音とともに、山伏姿の行者や白装 束の僧侶らを先頭に 三千人もの松たい明まつ行列が続く

大護摩(おおごま)で最高潮に達した火は、ここで静かな流れに変わ り、一筋の糸を引く光の帯となる。

河原で大護摩(おおごま)が焚かれ、住職が送水文(そうすいもん)とともに御香水(おこうずい)を筒から遠敷(おにゅう)川に注ぎ込む。

悠久のロマンの中に一 瞬のきらめきを残して。

若狭の自然と、火と水は一体となりお水取りの行われる大和の国に至るのである。

お水送りスケジュール

11:00~

■山八(やまはち)神事 
下根来八幡宮(しもねごりはちまんぐう)(手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)
見学不可 ×

下根来八幡宮(下根来区)の講坊(こうぼう)(長床(ながとこ))において行われる祈願神事。

神宮寺別当職によってご祈祷された「赤土」にお神酒を注ぎ練り、講衆の役頭(やくがしら)二人が長床の二本の柱に「山」と「八」の字を牛王杖(ごおうつえ) (バイ)で書きつけ、天下泰平、五穀(ごこく)豊饒(ほうじょう) 、諸人の安楽を祈る儀式。

13:00

■修二会(しゅにえ)【法華懺法(ほっけせんぽう) 】
神宮寺堂内
見学不可 ×

諸佛諸神を勧請(かんじょう) (招く)し人々の罪を懺悔(ざんげ)し諸佛の加護と大慈悲を願いその利益が普(あまね)く一切に及ぶ事を祈願する「法華経(ほけきょう) 」を典拠とした法要。

13:00過ぎ

■弓打(ゆみうち)神事 
神宮寺前庭
見学可 〇

法華懺法(ほっけせんぽう)に併せ手向山八幡六役(たむけやまはちまんろくやく)の当役が怨霊魔事を退散させる二本の除魔(じょま)矢を放ち、続いて弓道範士の四方祓いの射儀式が行われる。

13:30

■奉納弓射大会 
神宮寺前庭
見学可 〇

弓打ち神事に奉賛し各地の弓道諸家が参加し魔を祓う弓射大会が催される。

18:00頃

■修二会(しゅにえ) 【薬師悔過法(やくしけかほう 】 
神宮寺堂内
見学不可 ×

神々を招き「薬師如来(遠敷(おにゅう)明神)」を本尊とする古来よりの神仏混淆(しんぶつこんこう)の悔過(けか) (懺悔(ざんげ))行法。

この法会の利益は閼伽水(あかすい)(聖水)を無上の「香水(こうずい)」に変じ、過去世よりの罪障を滅し天下泰平・諸人安穏・五穀豊饒(ごこくほうじょう)をもたらすと言われる。

18:30

■修二会(しゅにえ) 【達陀(だったん 】 
神宮寺堂内・境内庭
見学可 〇

堂内法要の最後に至り八天(はってん) (火天・水天・芥子天・楊枝天・鈴天・太刀天・法螺天)が影向し、火天は「達陀(だったん)松明」を振り七里を結界し魔を祓い、水天は香水を散じ浄める独自の所作が奉じられる。

19:00頃

■神宮寺 大護摩(おおごま)法要 
神宮寺前庭
見学可 〇

境内に設けられた大護摩(おおごま)壇を中心に修験者が斧の大事・法弓(ほうきゅう)大事・宝剣(ほうけん)大事を奉じ、水師の願文(がんもん)奉上を終え達陀(だったん)の火による大護摩(おおごま)法要が奉修される。

19:30過ぎ

■松明行列 
神宮寺〜鵜の瀬(うのせ)
参加・見学可 〇

大護摩(おおごま)の火は大松明、中松明、手松明に移され、行会中に加持(かじ)された「御香水(おこうずい)」を護り大小千数百本の松明が1.8キロメートル上流の鵜の瀬(うのせ)へと荘厳な行列が続く。

20:00過ぎ

■鵜の瀬大護摩(おおごま)供 
鵜の瀬
見学可 〇

鵜の瀬に松明行列が到着し神主(こうどの)の四方祓(しほうはらい)が修されると、松明の火は護摩壇(ごまだん)に移され諸佛諸神を勧請し行会(ぎょうえ)の満行と参拝者の諸願の込められた松明が焚き上げられる。

20:30過ぎ

■送水(そうすい)神事 
鵜の瀬
見学可 〇

護摩(ごま)壇の最火勢に至り行衆は鵜の瀬深淵近くに渡り、水師の送水文(そうすいもん)奉上、水切り神事が修され幽玄の中うちに「御香水(おこうずい)」は淵の流れに注ぎ込まれ送水(そうすい)神事が厳修される。

21:00過ぎ

■立ち直会(なおらい) 
鵜の瀬
見学可 〇

送水(そうすい)神事を終え元の護摩壇(ごまだん)にもどり結願(けちがん)作法を修し最終の法螺音声(ほうらおんじょう)とともに行事が終了すると、出仕者や参拝者一同にお神酒が授与される。

お水送り参加について

●手松明は神宮寺境内で購入できます。
●手松明の購入は予約できます。受付:神宮寺。
●鵜の瀬大護摩へは手松明持参の方のみ降りていただきます。
●松明の火で衣類が損傷することがあります。
●お水送り当日は、周辺道路の交通規制が行われます。
●鵜の瀬周辺に駐 車場はありません。
●一般来場者用臨時駐車場に駐車願います。
●神宮寺へは、臨時駐車場からシャトルバス(有料)を運行予定です。
●詳しくは下記に事前にお問い合わせください。

若狭神宮寺

・神体山を借景に若狭随一 の木造本堂(重文)が雄 大な景観を見せる。
・仁王門 (重文)には木造金剛力士 像が安置されている。
・拝観料400円 9 :00~16:00(最終受付)
・※2月中旬~3月5日はお水送り 準備のため拝観不可
・TEL:0770-56-1911
・福井県小浜市神宮寺30-4

鵜の瀬 由緒

天平の昔、若狭の神願寺(神宮寺)から奈良の東大寺にゆかれた印度僧実忠和尚が大仏開眼供養を指導で、753年(天平勝宝5年)に二月堂を創建し修二会を始められ、すべての神々が参列されたのに、若狭の遠敷明神(彦姫神)のみは見えず、ようやく二月十二日(旧暦)夜中一時過ぎに参列された。

それは川漁に時を忘れて遅参されたので、そのお詫びもかねて、若狭より二月堂の本尊へお香水の閼伽水を送る約束をされ、そのとき二月堂の下の地中から白と黒の鵜がとび出て、その穴から泉が湧き出たのを若狭井と名付けその水を汲む行事が始まり、それが有名な「お水取り」である。

その若狭井の水源がこの鵜の瀬の水中洞穴で、その穴から鵜が奈良までもぐっていったと伝える。この伝説信仰から地元では毎年三月二日夜この淵へ根来八幡の神人と神宮寺僧が神仏混淆の「お水送り」行事を行う習いがある。

「鵜の瀬」由緒記 案内板より

周辺の遊び場

■ 小浜市内の観光・見所

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